開国博Y150(はじまりの森・つながりの森)
(関内・横浜動物園)

関内駅(JR京浜東北線)~Y150はじまりの森~関内駅(JR京浜東北線)
横浜動物園バス停(相鉄バス)~Y150つながりの森~横浜動物園バス停(相鉄バス)
mark開国博Y150(かいこくはくわいひゃくごじゅう)
開国博Y150
開国博Y150

 「開国博Y150」は、横浜開港150周年記念事業のコアとなる横浜にとって50年に一度の大型イベント。横浜は、安政6年(1859)の開港以来、開港50年ごとに、盛大な祭典を行ってきた。そして平成21年(2009)、開港150周年記念として「開国博Y150」を開催。母なる港・マザーポート横浜には、多様な「チカラのたね」に育まれた横浜市民、横浜ゆかりの企業・店舗、アーティスト、映像作家などが一堂に会し、海・街・自然が生きる3つのエリアで横浜の魅力・歴史・未来を凝縮した祭典を繰り広げられた。

markベイサイドエリア(ベイサイドエリア)
Y150はじまりの森
Y150はじまりの森
横浜ものがたり
横浜ものがたり

 ベイサイドエリア会場では、日本初登場となる、フランスの巨大スペクタクルアート劇団「ラ・マシン」によるパフォーマンスや、日本を代表する映像作家・岩井俊二氏がプロデュースする新感覚SFファンタジー「BATON」の上映、開国・開港をテーマとした歴史体験やエンターテイメントイベント、ライブ、パフォーミングアーツ、国際交流、市民協催イベントなど、ベイサイドエリア(赤レンガ倉庫周辺ほか)では、さまざまな素敵なプログラムが行われた。
 開国・開港の時代や横浜150年の歴史を映像やセットで展示する。黒船来航で有名なペリー提督を迎えた際の料理なども紹介されている。

ペリー饗応の膳
ペリー饗応の膳
「ペリー提督横浜上陸」の図
「ペリー提督横浜上陸」の図

 ペリー提督に饗された御膳料理「ペリー饗応の膳」は本膳料理という室町時代に確立された歴史ある饗応料理である。一汁三菜を基本とし海の幸、山の幸、野の幸を集め趣向をこらしたお料理を並べた御膳と「鯛の姿焼き」や「蒲鉾」などのお土産がのった御膳などたくさんの御膳をすべてお客様の前に並べ披露することで喜んでいただく当時としては非常に贅沢なお料理である。
 嘉永元年(1848)、アメリカはメキシコとの戦争に勝利し、カリフォルニアほか西海岸を獲得、太平洋の彼方に名本があることを実感する。そのころ工業の発展とともに照明用の鯨油需要が急増、太平洋に出漁する捕鯨船の海難事故も多発した。

乗り物ことはじめ
乗り物ことはじめ
横浜港開港の歴史
横浜港開港の歴史

 海上を走る蒸気船はもちろん、陸を走る馬車に、2輪、3輪の自転車、そして鉄道と、横浜のまちは、ほかではみられない新しい乗り物が行き交った。「速さ」を目覚めさせた乗り物たちへの驚きを再発見!
 ペリーがもたらしたもので、日本の近代化、横浜の先進性「たね」として最も大きな果実となったのが、「蒸気船」、「鉄道」、「電信機」。これらの技術は、いち早く横浜で活用され、その後の横浜を大きく成長させた。

まちづくりことはじめ
まちづくりことはじめ
職業ことはじめ
職業ことはじめ

 冒険心、進取の気性に富んだ外国人、日本人が集まった横浜。そのまちづくりには、当時の最先端の技術、しくみが取り入れられた。横浜の基盤を築いたまちづくりの最先端を探してみよう!
 さまざまな技術、文化を持つ人々が集まった横浜から、新しい職業が次々と生まれた。進取の気性に富んだ人たちが挑んだ新しい職業にはどんなものがあったのか?先駆者たちに話を聞いてみよう!

洋食ことはじめ
洋食ことはじめ
洋装ことはじめ
洋装ことはじめ

 居留地の欧米人、中国人たちは故郷の食材や味を横浜の地に持ち込んだ。好奇心旺盛なハマッ子たちの食生活や舌になじんでいった洋食には、どんなものがあったのか?横浜港の外国料理、食材を探してみよう!
 「ザンギリ頭をたたいてみれば、文明開化の音がする」とうたわれ、洋装が勧められた時代。異国情緒あふれる横浜では、他地域に先駆け、どんな和洋折衷のファションが浸透していったのか見てみよう!

新聞・出版ことはじめ
新聞・出版ことはじめ
理容ことはじめ
理容ことはじめ

 国内外の交流により、横浜から多種多様な形で情報が発信された。初の日刊新聞、和英辞典、風刺雑誌など、開化のまち・横浜からどんな情報文化が生まれ、どんなコトが発信されたのかを見てみよう!
 元治元年(1864)、ファーガソンが横浜ホテルで初のヘアー・サロン(理容店)を開業。日本人では、明治元年(1868)ごろ開業した小倉虎吉や松本定吉がいる。彼らは外国船に1丁のカミソリを持って乗り込み、船員の顔をそり、西洋ハサミの使い方を覚えた。

スポーツことはじめ
スポーツことはじめ
映画・音楽ことはじめ
映画・音楽ことはじめ

 横浜に来た外国人たちは、余暇にスポーツを始め、楽しんだ。スケートにテニス、野球に競馬、ボート・レースに海水浴など、ハマッ子たちが初めて知るスポーツはどのように初められたのかを見てみよう!
 横浜開港以来、それまで聴いたことのない西洋音楽が横浜のまちを流れ、いち早く最先端の映画が輸入された。横浜では、どんな西洋音楽が演奏され、どんな映画のはじめてがあるかを見てみよう!

たねまる
たねまる
たねまる
たねまる

 横浜開港150周年記念事業全てのマスコットでもある。横浜開港資料館の中庭に植えられるタマクスの木の精。上半身は芽を出した種子、下半身は船をモチーフにしており、横浜のタネが世界に向け出航するイメージを表している。

日本初上陸「ラ・マシン」
2009.5.9 ENEOS「ラ・マシン」
youtube

 巨大スペクタクルアート劇団「ラ・マシン」の母体は1990年代初頭にアーティスト、デザイナー、制作スタッフ、技術スタッフらの協力によって誕生した。平成11年(1999)には非営利団体として「ラ・マシン」を設立し、西フランスのナントと南フランスのトゥールーズ近郊のトゥルヌフイユにアトリエを設け、制作活動を行っている。プロジェクトの規模によって、スタッフは20~100人となり、今回、横浜で開催するプロジェクトには72名のスタッフが来日した。「ラ・マシン」のテーマは生命のある機械を使って、街を劇場にすることであり、私たちが制作した「スペクタクルアート」を世界中に広めることを目的に活動をとし続けている。

操縦席
操縦席
操縦席
操縦席

 今回のコンセプトは横浜という都市をイベント化するというこである。私たちは動くオブジェの制作をしている。私たちがめざす世界は生きた建築物を創ること。生きた建築物は新しい絆を生むでしょう。絆とは、「動物とラ・マシン」であり、「人間とラ・マシン」、「ラ・マシンと観客」。これからの絆がスペクタクルアート劇団「ラ・マシン」と皆さんとの物語を作り出すものである。
 「クモ」は「糸」で巣を作る動物で、きわめて創造的な生命体である。また、「Web=クモの巣」型ネットワーク社会のシンボルともいえる。150年前、異文化の種を受け取り、育んだ横浜だからこそ異なる「クモ」を受け入れ、来場のみなさんと共生のイベントを繰り広げる。

クモの足に乗る指揮者
2009.4.30 ENEOS「ラ・マシン」
youtube

 横浜市は「クリエイティブシティ」構造を揚げ、世界の創造的都市とのネットワークを拡大し、さらなる国際交流・芸術創造を目指している。今回、Y150の一プロジェクトとして、同じく「クリエイティブシティ」であるフランス・ナント市との連携を図り、ナント市を拠点に活動を行っているスペクタクルアート劇団「ラ・マシン」の日本初上陸を実現した。

markヒルサイドエリア(ヒルサイドエリア)
竹のパーゴラ
竹のパーゴラ

 ヒルサイドエリアのメイン会場となる建築物。竹のパーゴラは竹の建築技術の新たな提案として、一切金属を使用しない工法を開発して建てられました(基礎部分は除く)。日本の建築基準法上、建築材として認められていない竹ですが、竹活用の可能性を広げることを目的に。竹でトラス構造体を作り、竹と竹をつなぐ接合ピンにも竹の集成材を使用している。

市民創発プロジェクト
市民創発プロジェクト
「たねまるの北タイ暮らし体験」
「たねまるの北タイ暮らし体験」

 市民創発プロジェクト(たるまるの 北タイ暮らし体験 )は、 公募で集まった市民スタッフらが、1年半におよぶ準備期間を経て企画した各種の展示や催し。タイの山の暮らしと文化を紹介する展示の様子。

収穫の舞
2009.9.27 開国博Y150 つながりの森
youtube

⇒ 山下公園周辺 ウォーキングマップ
⇒ 四季の森公園周辺 ウォーキングマップ