野毛周辺散歩(野毛大道芸)
(桜木町~日ノ出町)

桜木町駅(JR京浜東北線)~掃部山公園~伊勢山皇大神宮~野毛山公園~野毛大道芸~日ノ出町駅(京急本線)
mark神奈川奉行所跡(かながわぶぎょうあと)
紅葉坂
紅葉坂
神奈川奉行所跡
神奈川奉行所跡

 神奈川青少年センターの地は、神奈川奉行所(戸部役所)がおかれ、行政の中心地であった。安政5年(1858)7月、外国奉行に任じられた水野筑後守忠徳らの5人が、翌年6月に神奈川奉行の兼務を命じられ、この戸部村宮ケ崎で開港事務などを行った。入江を隔てて横浜村を見渡すことのできるこの丘のうえに奉行所を設けたのは、要塞とすることも考えたためのようである。

mark掃部山公園(かもんやまこうえん)
八重桜と井伊直弼銅像
八重桜と井伊直弼銅像

 明治42年(1909)7月、横浜開港50年記念に際して、旧彦根藩有志が藩主の開港功績の顕彰のため、大老井伊掃部頭直弼の銅像を戸部の丘に建立し、その地を掃部山と名付けて記念した。

井伊直弼銅像
井伊直弼銅像
井伊直弼銅像とランドマークタワー
井伊直弼銅像とランドマークタワー

 彦根藩十三代藩主井伊直弼は、米国領事ハリスの強硬な日米修好通商条約調印の要求に対し、孝明天皇の許可を得ないまま調印を行い、徳川将軍の後継問題では、十四代将軍に慶福(徳川家茂)を擁立した江戸幕府の大老である。
 現在の井伊直弼銅像は、横浜開港100年の記念行事の1つとして、昭和29年(1954)に再建されたものである。台座は設置当初のものであり、明治期建築界の三大巨頭の1人妻木頼黄らの設計である。

満開の八重桜
満開の八重桜
八重桜とソメイヨシノ
八重桜とソメイヨシノ

 掃部山公園は約200本のソメイヨシノが咲く、桜の名所としても知られている。

花壇
花壇

 全国都市緑化よこはまフェア開催(2017.3.25~6.4)の18区連携イベント事業として、花壇が設置されている。

水飲み施設
水飲み施設
仙台枝垂れ桜
仙台枝垂れ桜

 銅像の左側にある水飲み施設は、直弼の4男の井伊直安より寄付されたものである。

横浜能楽堂
横浜能楽堂
能舞台
能舞台

 公園内の横浜能楽堂の能舞台は、明治8年(1875)東京根岸の旧加賀藩主前田斉泰邸にたてられ、のち束京染井の松平頼寿邸に移築された旧染井能楽堂を移築・復元したものである。

mark伊勢山皇大神宮(いせやまこうたいじんぐう)
一の鳥居
一の鳥居
二の鳥居
二の鳥居

注連柱
注連柱
本殿
本殿

 「関東のお伊勢さま」と親しまれている。
 明治3年(1870)4月14日、時の神奈川県副知事井関盛艮氏が太政官に対し建白書を送り、「伊勢山に皇祖の御社を勧請あれば、高麗の宮殿を創立し、国家の鎮護を祈り、人民をして、崇敬胆仰せしめん」との布告を戴き、社殿を始め、境内の整備が開始されました。翌年4月15日、社殿並びに境内施設が竣工し、正遷宮が執り行われた。(公式ホームページより)

大神神磐座
大神神磐座
杵築宮・子之大神
杵築宮・子之大神

照四海とランドマークタワー
照四海とランドマークタワー
鯉のぼり
鯉のぼり

 平成27年(2015)1月21日、常夜灯「照四海」の修復作業が終わり竣工奉告祭が行われた。

mark成田山横浜別院延命院(なりたさんよこはまべついんえんめいいん)
本堂
本堂

 成田山新勝寺の横浜別院で、通称は野毛山不動尊と親しまれている。平成27年(2015)新本堂が完成し、11月25日に入仏式法要が営まれた。

mark野毛山公園(のげやまこうえん)
野毛山動物園
野毛山動物園
レッサーパンダ
レッサーパンダ

 野毛山動物園は昭和26年(1951)4月1日に開園した。園内にはキリンやライオンなど親しみのある動物をはじめ、虫類や鳥類などを展示している。また、動物との距離が近く、動物の体のつくりや動きを細かいところまで観察できる。

グリーンイグアナ
グリーンイグアナ
ヨウスコウワニ
ヨウスコウワニ

 グリーンイグアナは、熱帯雨林の水辺の木の上にすむ植物食。
 ヨウスコウワニは、川岸などにトンネルを掘り生活する。甲殻類や貝類を好んで食べる。

ライオン
ライオン
フサオマキザル
フサオマキザル

 ライオンは、平成20年(2008)2月11日、よこはま動物園ズーラシア生まれ。
 フサオマキザルは、高い知能をもち、クルミなどを割って食べることもできる。

そら(アミメキリン)
そら(アミメキリン)
モミジ(アミメキリン)
モミジ(アミメキリン)

 そら(アミメキリン)は、平成24年(2012)2月7日、野毛山動物園生まれ。4歳で4mまで成長!!
 モミジ(アミメキリン)は、平成26年(2014)10月14日、埼玉県こども動物自然公園生まれ。

中村汀女句碑
中村汀女句碑
散策地区の芝生広場
散策地区の芝生広場

 中村汀女は熊本出身の昭和の著名な女流俳人である。昭和5年(1930)に夫が横浜税関長となって横浜(西区戸部町)に移り住んだ時からである。高浜虚子に師事し、昭和9年(1934)「ホトトギス」の同人となって頭角を現す。戦後「風花」を創刊主宰、後の女流俳人に多大な影響を与えた。

佐久間象山顕彰碑
佐久間象山顕彰碑
ラジオ塔
ラジオ塔

 松代藩士佐久間象山は、アへン戦争により、ヨーロッパ列強の恐るべきことを知り、早くから開国・通商交易の必要性を献策し、吉田松陰勝海舟らに西洋兵学を教えた。ペリー提督が来航したときにも老中阿部正弘に「急務十事」を建言し、開国を論じた。安政元年(1854)、ペリーが再来したとき、吉田松陰が密航を企てだが、このことに象山も関係していたため、とらえられた。象山は開港場として横浜が最適の地であることを強く主張しており、横浜とゆかりが深い。
 このラジオ塔は、ラジオの聴衆契約者が百万人を超えた記念に日本放送協会が、昭和7年(1932)に全国の著名な公園や広場に建てる計画が進められた。

野毛山配水池
野毛山配水池
展望地区の大芝生広場
展望地区の大芝生広場

 野毛山一帯はかつて横浜の代表的生糸商人である原善三郎や茂木惣兵衛らが邸宅を構えたところである。大正12年(1923)の関東大震災で大きな被害をだしたあと、隣接する野毛山貯水池・市公舎・病院跡などをあわせて整備され、昭和元年(1926)、和洋折衷の三様の庭園をもつ公園として開園した。

オリンピック競技会場地記念碑
オリンピック競技会場地記念碑
展望台
展望台

 横浜市は昭和39年(1964)第18回オリンピック競技大会に際し、蹴球・バレーボール・バスケットボール(予選)の競技が行われた。

野毛山配水池
野毛山配水池
ヘンリー・スペンサー・パーマー胸像
ヘンリー・スペンサー・パーマー胸像

 ヘンリー・スペンサー・パーマーは、外国人として日本最初の近代水道である横浜水道の設計・設置を行うとともに、横浜港の第一次築港計画を立案した人物で、「横浜の水と港の恩人」といわれている。

展望台の眺め
展望台の眺め

mark野毛大道芸(のげだいどうげい)
野毛大道芸
野毛大道芸

 第42回野毛大道芸(2017.4.22-23)中のメイン会場(野毛本通り)の様子。

toRmansion(コメディマイムシアター)
toRmansion
(コメディマイムシアター)
toRmansion(コメディマイムシアター)
toRmansion
(コメディマイムシアター)

ボールド山田(スタチュー(人間彫刻))
ボールド山田
(スタチュー(人間彫刻))
マサトモジャ(マジック・コメディ)
マサトモジャ
(マジック・コメディ)

吉田町アート&ジャズフェスティバル
吉田町アート ジャズフェスティバル
youtube

⇒ 野毛周辺 ウォーキングマップ