伊藤博文

旧伊藤博文邸
明治記念大磯邸園 伊藤博文(撮影 2018.11.11)

 天保12(1841)伊藤博文は農民の長男として周防国熊毛郡束荷村(現、山口県光市)に生まれた。家は貧しく14歳の頃に萩藩の下級藩士・伊藤家の養子となったことから、以後伊藤姓を名乗るようになった。安政4(1857)相模(現、神奈川県)での注戸湾(東京湾)の警備の仕事を任されたときに長州藩士の来原艮蔵と出会い、吉田松陰の松下村塾に入門する。
 明治18(1885)12月初代内閣総理大臣に就任。44歳という若きで就任はいまだ破られてはいません。その後、第5代、第7代、第10代と4度も内閣総理大臣を務めた。明治33(1900)に自ら「立憲政友会」を結党し、初代総裁も務めた。

旧伊藤博文邸
旧伊藤博文邸(滄浪閣) 旧伊藤博文邸(滄浪閣)(撮影 2018.11.11)

 小田原市に別邸を新築し、それを「滄浪閣」と名付け、明治29年(1896)まで小田原で過ごしていた。 明治29年(1896)大磯の別邸が完成すると小田原の滄浪閣を引き払い、大磯の別邸を滄浪閣と名付け、明治30年(1897)には本籍を東京から大磯町に移したことで滄浪閣は別邸から本邸となった。

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