横浜港

横浜ランドマークタワー 横浜港全景
横浜ランドマークタワー 横浜港全景(撮影 2018.11.15)

横浜開港資料館 「ペリー提督横浜上陸」の図
横浜開港資料館 「ペリー提督横浜上陸」の図(撮影 2009.7.11)

 嘉永7年(1854)1月、ペリー提督は再び来航し、開国に関する会談が久良岐郡横浜村字駒形(現、横浜開港資料館)に設置された応接所で行われ、3月、日米和親条約12カ条が調印された。

日米和親条約調印の地の碑
横浜開港資料館 日米和親条約調印の地の碑(撮影 2017.9..27)

遺米使節記念碑(日米修好通商条約)
芝公園 遺米使節記念碑(日米修好通商条約)(撮影 2017.3.12)

 安政5年(1858)に結ばれた日米修好通商条約で横浜が開港場に選ばれた。同年中にオランダ、ロシア、イギリス、フランスとも同様な条約が結ばれ、横浜は長崎・函館とともに、翌6年(1859)の6月2日、外国貿易のために開港された。

象の鼻防波堤
横浜港 象の鼻防波堤(撮影 2009.9.20)

 安政6年(1859年)東波止場(イギリス波止場=現在の山下公園)と西波止場(税関波止場=現在象の鼻パーク)の2本の突堤が幕府によって建設され、横浜港が開港した。その後、慶応3年(1867)に東波止場は湾曲した形に変更されて、その形状から"象の鼻"と呼ばれた。"象の鼻地区"は東西の波止場に囲まれた水域一帯を指し、横浜港発祥の地と呼ばれる。

大さん橋
大さん橋 飛鳥Ⅱ(撮影 2016.12.11)

 大さん橋は、明治27年(1894)に完成した鉄桟橋を前身とし、税関桟橋、横浜桟橋、山下町桟橋等のさまざまな名称があったが、その後大さん橋に落ち着いた。

赤レンガ倉庫と富士山
赤レンガ倉庫 大さん橋からの富士山(撮影 2007.3.18)

 新港地区には2棟の3階建てレンガ造りの倉庫があり、「赤レンガ倉庫」とよばれ市民に親しまれている。みなとみらい21地区側の大きな倉庫は明治44年(1911)完成の二号倉庫で、海側のほうが大正期完成の一号倉庫である。なお、一号倉庫は関東大震災で被害をうけ、竣工当初より規模を縮小して修復されている。これらの倉庫は妻木頼黄が大蔵省臨時建築部長としてかかわり、耐震性を考慮し、一部に鉄筋やコンクリートを用いるなど、構造的にも興味深い。

開国博Y150
開国博Y150 ENEOS「ラ・マシン」(撮影 2009.4.30)

 「開国博Y150」は、横浜開港150周年記念事業のコアとなる横浜にとって50年に一度の大型イベント。横浜は、安政6年(1859)の開港以来、開港50年ごとに、盛大な祭典を行ってきた。そして平成21年(2009)、開港150周年記念として「開国博Y150」を開催。母なる港・マザーポート横浜には、多様な「チカラのたね」に育まれた横浜市民、横浜ゆかりの企業・店舗、アーティスト、映像作家などが一堂に会し、海・街・自然が生きる3つのエリアで横浜の魅力・歴史・未来を凝縮した祭典を繰り広げられた。

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