岡山後楽園(日本三名園)

 岡山藩主池田綱政が家臣の津田永忠に命じて貞享4年(1687)に着工 元禄13年(1700)に完成した。江戸時代の絵図や池田家の記録・文物が数多く残り、歴史的に変遷を知ることができる大名庭園である。(3分)

mark後楽園(こうらくえん)

 岡山後楽園は、岡山藩主池田綱政が、家臣の津田永忠に命じて貞享4年(1687)に着工、元禄13年(1700)に完成した。すぐれた土木技術により造園された後楽園は、茨城県水戸市の偕楽園・石川県金沢市の兼六園とともに、日本三名園に数えられている。後楽園という名称は、「先憂後楽」の精神から造園されていることから明治4年(1871)に改められたもので、それまでは「城の後にある園」の意で、たんに「後園」とよばれていた。後楽園の特徴は、この地が砂質地盤で湿度不足のため、苔で はなく芝生を大量に使用している点で、わが国の大庭園ではこれが最初である。また、園内に弓場や馬場を設けたり、刀を研ぐための砥石型石橋を設けて、武芸の鍛練を怠らぬ戒めとしたり、井田や茶畑を設けて農業振興に心掛けるなど、各所に為政者の精神を盛り込んでいる点も興味深い。

沢の池
沢の池

井田のハス
井田のハス

流店
流店

蘇鉄畑
蘇鉄畑

廉池軒
廉池軒

廉池軒からの眺望
廉池軒からの眺望

花葉の池の大立石
花葉の池の大立石

花葉の池のハス
花葉の池のハス

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