鶴岡八幡宮 流鏑馬
(崇敬者大祭)

 「槐の会」の目的のひとつである「国際交流推進」の一端として、流鏑馬が行われる。(6分7秒)

mark鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)

 源頼朝による鎌倉都市計画の基礎が鶴岡八幡宮と若宮大路で、それは平安京の大内裏と朱雀大路になぞらえることができる。本宮は、建久2年(1191)、鎌倉の大火で焼失したため、改めて石清水八幡宮を勧請し、大臣山の中腹に社殿を造営した。祭神は応神天皇、比売大神、神功皇后である。このとき若宮(下宮)も再建し、上下両宮の姿が整い、石清水にならって鶴岡八幡宮と称した。
 流鏑馬神事は、頼朝が文治3年(1187)八幡宮に奉納したのにはじまり、神酒拝戴式ののち、奉行・射手・諸役が馬場入りし、鎌倉時代を思わせる華麗な狩衣姿の馬上の射手が、鏑矢で3つの的を射る勇壮なものである。

三の的 的中
三の的 的中

射手
射手

三の的 的中
三の的 的中

射手
射手

三の的
三の的

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