スイセンの花咲く城ヶ島から油壼散歩
(白秋碑前~油壺)

神奈川ウォーキング / 三浦半島ウォーキング
白秋碑前バス停(京急バス)~城ヶ島(白秋碑・城ヶ島公園・馬の背の洞門・城ヶ島灯台)~油壼湾~油壼バス停(京急バス)

mark城ヶ島(じょうがしま)
城ヶ島大橋と白秋詩碑
城ヶ島大橋と白秋詩碑
(景勝50選)

 北原白秋(1885~1942)は、明治・大正・昭和の詩人・歌人である。大正2年(1913)、人妻との恋愛事件で心身とも疲れ、東京をのがれて三崎へ来遊した。のち一家で来住。向ヶ崎の異人館。さらに二谷町の見桃寺などに寄寓した。この三崎時代に『雲母集』『真珠抄』の歌集など数多くの詩を創作した。
 白秋になり、この三崎時代(1913~14)は、彼の文学上の大転換期となったといわれる。とくに、1913年に白秋の作詩した「城ヶ島の雨」は、白秋の作詩に曲がついた最初の作品で、大正9年(1919)奥田良三がレコードに吹き込んで全国的にヒットした。そして、この歌が、三浦三崎、城ヶ島を天下に紹介し、日本歌謡建設の先駆的役割をなした。

白秋記念館
白秋記念館
景勝50選の石碑
景勝50選の石碑

 城ヶ島大橋下の海辺には「城ヶ島の雨」の一節が刻まれる白秋詩碑がある。そばにある白秋記念館からは「雨がふるふる城ヶ島の磯に・・・」の懐かしい音楽が流れていた。

城ヶ島からの富士山
城ヶ島からの富士山

mark城ヶ島公園(じょうがしまこうえん)
駐車場横のスイセン
駐車場横のスイセン

 毎年、1月中旬から2月上旬頃までの「城ケ島水仙まつり」が開催されおり、園内の散策路には八重水仙 花が咲き誇る。

八重スイセン
八重スイセン
(花の名所)

公園入口
公園入口

緑陰広場
緑陰広場
(公園・庭園)

 緑陰広場では、強風により変形した松の姿が見られる。

皇太子殿下御成婚記念植樹碑
皇太子殿下御成婚記念植樹碑
うみのね広場
うみのね広場

第二展望台
第二展望台
かながわ公園50選碑
かながわ公園50選碑

富士山の眺望
富士山の眺望

第一展望台
第一展望台
ピクニック広場
ピクニック広場

第一展望台から眺めた安房崎灯台
第一展望台から眺めた安房崎灯台

 安房の国といえば当地より望見する南房総一帯(千葉県)をいい、その安房に向く岬という意味から安房崎の地名がついたと言われている。

剱崎の後ろに千葉房総半島
剱崎の後ろに千葉房総半島

ウミウ展望台入口
ウミウ展望台入口
ウミウ展望台へ
ウミウ展望台へ

ウミウ展望台の眺め
ウミウ展望台の眺め

 公園南側の海蝕崖では、およそ2000羽にも及ぶウミウの越冬地になっている。

2020.1.20 城ヶ島 ウミウの越冬地
2020.1.20 城ヶ島 ウミウの越冬地
youtube

 ウミウは毎年11月から翌年4月にかけて飛来する。ウミウ、ヒメウ及クロサギの生息地として県の天然記念物に指定されている。冬の城ヶ島の風物詩になっている。

岩場のウミウ
岩場のウミウ
岩場のウミウ
岩場のウミウ

関連ページ(スイセンの名所)

馬の背の洞門
馬の背の洞門

 自然が作った海蝕洞穴で長い年月をかけて波浪、風雨等に侵蝕されてこのような見事な形となったもの。土地の人は「馬の背の洞門」のほか「めぐりの洞門」「眼鏡の洞門」などと呼ばれている。

遠くには富士山
遠くには富士山
城ヶ島京急ホテル前の海岸
城ヶ島京急ホテル前の海岸

 馬の背の洞門辺りから城ヶ島灯台までは砂浜を歩く。遠くには富士山を望むことができ、とても景観がすばらしい所である。

城ヶ島灯台
城ヶ島灯台
城ヶ島灯台
城ヶ島灯台

 城ヶ島灯台の歴史は古く、慶安元年(1648)の烽火台までさかのぼる。様式灯台としての初灯は明治3年(1870)で、その際使用されたレンガは「ヨコスカ製鉄所」の刻印があり、日本で最初のものである。大正12年(1923)の関東大震災で崩壊後、現在の灯台がたてられたが、白タイルの灯台としては日本最初のものといわれる。

安房崎灯台と城ヶ島公園展望台
2006.11.25 城ヶ島一周(快速観光船)
youtube

 快速観光船の城ヶ島一周コース(約25分間)の遊覧。安房崎灯台、洲の御前、ウミウの生息地、馬の背洞門、城ヶ島灯台などが見所。北原白秋の「城ヶ島の雨」の歌が流れ、白秋の世界に入ります。

mark油壼湾(あぶらつぼわん)

 城ヶ島大橋を渡り、「油壼(あぶらつぼ)・入江(いりえ)のみち」沿いに通る。途中、歌舞島公園と見桃寺(桃の御所、三浦七福神)を見ながら油壼へ歩いた。

油壺湾
油壺湾(景勝50選)

 かってここに新井城があって三浦氏一族終焉の地であることは意外に知られていない。八代当主三浦時高は永享の乱で、四代鎌倉公方足利持氏に敵対し、持氏滅亡後はこれにかわった管領上杉氏と結んだ。その後、扇谷上杉持朝の孫の十代当主三浦義同(道寸)を養子として、名門三浦氏再興ののぞみを推し進めようとした。しかし晩年時高に実子が生まれたので、義同は小田原の総世寺にしりぞいたが、のち大森氏の後援を得て、養父時高を新井城に攻め滅ぼしたという。義同は新井城を子の荒次朗義意にまかせ、みずからは岡崎城(平塚市・伊勢原市)によった。しかし、やがて初代当主北条早雲が小田原にたつと、義同はその早雲との戦いに敗れ、最後の拠点新井城に立てこもった。籠城3年、ついに永正13年(1516)、名門三浦氏はここで滅亡した。このとき多くの将兵が海に三浦氏はここで名望投じ、海が血で油のようになったことから「油壺」の地名の由来という。

新井城址
新井城址
景勝50選の石碑
景勝50選の石碑

 荒井浜に通じるハイキングコースを少し入った所に、油壼湾の景勝50選の石碑と、三浦氏滅亡の場となった新井城址がひっそりと残っている。

京急油壼マリンパーク
京急油壼マリンパーク
荒井浜
荒井浜

 京急油壼マリンパーク(公式ホームページ)は、小網代湾と油壺湾の間に突き出た岬の先端にある一大レジャーランド。中心となるのは水族館「魚の国」。約3000匹の魚が泳ぐ回遊水槽があり、1周約80m、マリンガールによる餌付けタイムもあり、タイ、ブリ、カツオなどの泳ぎっぷりとともに、楽しませてくれる。

荒井浜
荒井浜

 京急油壼マリンパーク横から荒井浜へ下りる細い道がある。砂浜から眺める伊豆・天城の連山から箱根の山、富士山は素晴らしい。

map 城ヶ島周辺 ウォーキングマップ

関連ページ(白秋碑前バス停)

三浦・岩礁のみちを歩く(松輪~城ヶ島大橋)

関連ページ(油壼バス停)

妙音寺(花山曼茶羅)の山ゆり祭り(油壼~三崎口)

週末ウォーキング