恒久の平和を祈念する特攻平和観音堂

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mark知覧特攻平和観音堂(ちらんとっこうへいわかんのんどう)

 知覧町には映画「ほたる」の舞台ともなった、悲しい特攻隊烈士の永遠のご冥福をお祈りする特攻平和観音堂 や平和を願う特攻遺品館、三角兵舎などが残っている。

特攻銅像「とこしえに」
特攻銅像「とこしえに」
母の像
母の像

 沖縄に近い知覧飛行場は、軍の命令により木佐貫原台地にあった鹿児島県茶業試験場跡地に、昭和16年(1941)に建設された。福岡県太刀洗町に設置されていた太刀洗陸軍飛行学校知覧分教所として発足したが、戦局悪化に伴い最前線の特攻基地となった。昭和20年(1945)4月より、17歳から22歳までの若者が、500kgkgをかかえ片道だけの燃料でとびたった。特攻銅像「とこしえに」は昭和49年(1974)に建立された。

戦闘機
戦闘機
信州木曽路妻籠宿 藤原長司之歌碑
信州木曽路妻籠宿 藤原長司之歌碑

 信州木曽路妻籠宿 藤原長司之歌碑
  手を振りて 知覧翔び征く特攻機 君の笑顔に昭和責めらるる

お参りが絶えない特攻平和観音堂
お参りが絶えない特攻平和観音堂

 昭和20年(1945)第二次大戦末期世に云う特攻作戦が展開せられた。この地は本土最南端の特攻基地となり数多くの隊員が祖国必勝の信念のもとに壮途につかれた思い出深い地である。これらの若き勇士の霊をとこしえに安らからんことを祈念して特攻観音を建立し1036柱の特攻隊員の芳名を謹記して胎内に奉納した。毎年5月3日には全国より生存者や遺族等多数が訪れ盛大厳粛な慰霊祭が行われている。

朝鮮半島出身の特攻勇士11名
朝鮮半島出身の特攻勇士11名のみ霊をお慰めするための歌碑
知覧特攻平和会館
知覧特攻平和会館

 アリランの 歌声とほく 母の国 念ひ残して 散し花花

千羽鶴
三角兵舎
千羽鶴
千羽鶴

 三角兵舎は、特攻隊の宿舎でありました。敵の目を欺くため、松林の中に半地下壕をつくり、地上には三角の屋根しか見えない兵舎でした。各地から集まった隊員は二、三日後には雲のかなた沖縄の空に散華されました。出撃の前夜は、この三角兵舎で壮行会が催され、酒を汲みかわしながら隊歌をうたい、薄暗い裸電球の下で遺書を書き、また別れの手紙をしたためて、死地に赴いたのである。

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