大嘗宮一般参観
(東京)

東京23区ウォーキング / 千代田区ウォーキング
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mark皇居東御苑(こうきょひがしぎょえん)
行幸通りのイチョウ並木
行幸通りのイチョウ並木

坂下門
坂下門

 大嘗宮は、天皇陛下がご即位の後、初めて新穀を皇祖・天神地祇に供えられ、自らもお召し上がりになり、国家・国民のためにその安寧と五穀豊穣などを感謝され、ご祈念になる大嘗祭の中心的な儀式、「大嘗宮の儀」のために造営されたものです。
 大嘗宮の儀では、本年(2019)11月14日の夕方から夜にかけて「悠紀殿供饌の儀」が行われ、翌15日の暁前に「主基殿供饌の儀」が行われました。(いただいた案内説明資料より記載)

皇居乾通りの紅葉
皇居乾通りの紅葉

 今年(2019)の乾通り一般公開は、11月30日~12月8日まで行われた。

東御苑へ
東御苑へ
富士見櫓
富士見櫓

 富士見櫓は、明暦の大火で天守閣が焼失した後は、天守閣の役割を果たしてきた。現存する櫓は桜田二重櫓(巽櫓)・富士見櫓・二重橋奥の伏見櫓の3基だけで、いずれも関東大震災の被害をうけたが、外観は、従来通りに、コンクリート作りで復元されている。

大嘗宮一般参観
大嘗宮一般参観

ジュウガツザクラ
ジュウガツザクラ
ジュウガツザクラ
ジュウガツザクラ

大嘗宮に集まる見学者
大嘗宮に集まる見学者

南神門
南神門

 大嘗宮の中心部分を長方形に仕切る柴垣の東西南北及び雨儀御廊下の中央に設けられた5つの門の一つ。

悠紀殿側の小忌幄舎
悠紀殿側の小忌幄舎

 男子皇族が参列された建物。

悠紀殿側の風俗歌国栖古風幄
悠紀殿側の風俗歌国栖古風幄

 楽師が、歌(悠紀地方及び主基両地方の風俗歌と国栖の古風)を奏した建物。

黒木灯籠
黒木灯籠
衛門幄
衛門幄

 黒木灯籠は皮付き丸太で造られた灯篭。
 衛門幄は武官の装束を着た者(衛門が着座した建物。

主基殿側の小忌幄舎・風俗歌国栖古風幄
主基殿側の小忌幄舎・風俗歌国栖古風幄

主基殿と楽舎
主基殿と楽舎

 主基殿は「主基殿供饌の儀」において、天皇陛下が神饌をお供えになり、御拝礼の上、御告文をお奏しになり、自らもお召し上がりになった建物。

廻立殿
廻立殿

 「大嘗宮の儀」に先立ち、天皇皇后両陛下がお召替えなどをなさった建物。

大嘗宮の全景
大嘗宮の全景

北側の廻立殿
北側の廻立殿

悠紀殿
悠紀殿

 悠紀殿は「悠紀殿供饌の儀」において、天皇陛下が神饌をお供えになり、御拝礼の上、御告文をお奏しになり、自らもお召し上がりになった建物。

二の丸庭園
二の丸庭園

 江戸時代、二の丸には小堀遠州が造り、三代将軍徳川家光の命で改修されたと伝えられる庭園がありましたが、長い年月の間にたびたび火災で焼失し、明治以降は荒廃していた。現在の回遊式の庭園は、昭和43年の皇居東御苑の公開の開始に当たり、九代将軍 徳川家重の時代に作成された庭園の絵図面を参考に造られたものである。

大手門
大手門

 旧江戸城の正門であって、慶長11年(1606)藤堂高虎の縄張である。慶長11年3月から同12年12月で、天守閣、大手門完成というから1年と9ヵ月で完成したことになる。さらに元和6年(1602)の江戸城修築に際し、伊達政宗、相馬利胤の協力によって現在のような桝形形式の城門となったものといわれている。大手門の警備は、鉄砲30、弓10、長柄20、持筒2、譜代10万石以上の大名がこれを勤めたという。

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