大佛像は阿弥陀仏である。初代将軍源頼朝の侍女であったといわれる稲多野局が発起し、僧浄光が勧進して造った。初めは木造で暦仁元年(1238)に着工し6年間で完成したが、宝治元年(1247)台風で倒れたので、再び資金を集め、建長4年(1252)に至って現在の青銅の像を鋳造し、大仏殿を造って安置した。
建武2年(1335)、中先代の乱をおこした北条時行の軍勢が大風をさけて堂内にはいったところ、堂が倒壊し、500人余りが死んだことが記されている。
現在は大仏の周りには、今も「創建当初大仏像の礎石」が残っている。
境内奥には、もとは朝鮮李王朝の月宮殿であった観月堂がある。堂内に二代将軍徳川秀忠の念持仏と伝える聖観音像が安置されている。
観月堂の横には与謝野晶子の歌碑が建っている。
「かまくらや みほとけなれど 釈迦牟尼は 美男におはす 夏木立かな」