九州一周旅行
(神角寺・岡城・久住高原)

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指宿神角寺~岡城跡阿蘇山(仙酔峡)

mark神角寺(じんかくじ)

 神角寺の奥さんと妻が友人付合い(名古屋で同じ会社勤め)であったで、私の家族が福岡に住んでいた頃には、しゃくなげが咲く季節や真夏の季節など、何回となくお邪魔したお寺です。今回は、妻の友人で2年前に亡くなったHさんの3回忌に合わせて、お墓参りの為神角寺を訪ねることとなった。

仁王門
仁王門
シャクナゲ
シャクナゲ

 仁王門には、運慶の作風を伝える木造金剛力士立像(国重要文化財)が、一対収められている。

神角寺の本堂(国指定重要文化財)
本堂(国重要文化財)

 欽明天皇の時代に、新羅僧によって建立されたが、大友氏の豊後入部にともなう大野泰基との激戦(神角寺合戦)で焼失し、応安2年(1369年)に、大友氏が再興して、6坊を建てたといわれる。その1つ、東の坊が方三間宝形造の現在の本堂である。槍皮葺きの屋根が美しく、軒反りなど、随所に禅宗様式がみられる。

Hさんのお墓(神角寺の奥さんと一緒に)
Hさんのお墓(神角寺の奥さんと一緒に)
阿蘇の山に沈む夕日
阿蘇の山に沈む夕日

 Hさんは生前より神角寺の素晴らしい景観に憧れていたので、今はご本人の意志を継いでこの地に眠っている。

シャクナゲと本堂(4月下旬)
シャクナゲと本堂(4月下旬)

 樹齢100年を超える約500本のシャクナゲがあり、別名石楠花寺とも呼ばれて、4月~5月の開花期には多くの見物客が訪れる名所となっている。

本堂修復 大師堂新築記念
2008.4.20 大分 神角寺(本堂修復 大師堂新築記念)
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 今回、本堂修復と大師堂新築記念と稚児行列があり、地元の大勢の推さない子供さんも参加した。

稚児行列
稚児行列
稚児行列
稚児行列

mark岡城跡(おかじょうあと)
登り口
登り口
登り口
登り口

 坂道をのぼり詰めた所に、岡城会館と駐車場がある。そこから約3分で、大手門下に出る。城跡内には、本九・二の丸・三の丸・西の丸跡や、武家屋敷・櫓・馬場・倉の跡などがある。

岡城跡
岡城跡(国史跡)

 「外観から、臥牛城ともよばれる平山城である。文治元年(1185)に、緒方三郎惟栄が、源義経を迎えるために築き、建武年間(1334~38)に志賀貞朝が拡張したといわれる。豊薩合戦(1586~87)で島津軍が落城できなかったことから、難攻不落の名城として、名を高めた。文禄3年(1594)、中川秀成が播磨国三木(現、兵庫県)から岡6万6000石(のち7万石)に転封され、以降、中川氏十三代の居城となった。」()

滝廉太郎像
滝廉太郎像
晩秋の紅葉
晩秋の紅葉

 「本丸跡には「荒城の月」の詩碑が、二の丸跡には滝廉太郎像が立っている。廉太郎像は、豊後大野市朝地町出身の朝倉文夫の制作である。
 滝廉太郎は、音楽の分野で日本の近代化に大きな役割をはたした。滝家は日出藩(現、日出町)の家老をつとめた名家で、祖父平之進は帆足万里の門弟、父吉弘は大久保利通の秘書である。文部省(現、文部科学省)の「中学唱歌」に採用された「荒城の月」や、「花」「お正月」など、生涯に34の作品を残した。明治34年(1901)、念願のドイツ留学が実現するが、肺結核のため1年余りで帰国。その翌年、療養先の大分(現、大分市)において、23歳の若さで死去した。
」()

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