天広丸は、十八世紀の半ばこの地区てに生まれた。
参道には庚申塔がある。「寛文十二(1672)」銘の庚申塔一基は市指定有形民俗文化財の指定になっている。
もとは臨済宗「寿福山今泉寺」の毘沙門堂であったが、明治維新の神仏分離令で白山神社に改名された。
1月8日の大注連祭で奉納された大注連縄がかざられている。大注連縄には白山神社の守護虫とされる大百足を摸した注連縄がつけられ、五穀豊穣と日々の安寧が祈願されている。
「今泉の鎮守。祭神は菊理姫之命。建久2年(1191)、源頼朝が創建したとされる。京都の鞍馬寺を詣でた頼朝が、行基作といわれる毘沙門天像を賜り、この地に勧請したという。」(※)