ジョサイア・コンドル

ジョサイア・コンドル博士像
東京大学本郷キャンパス ジョサイア・コンドル博士像(撮影 2017.1.13)

 コンドルはロンドンに生まれ、建築学を学び、明治9年(1876)に日本政府と5年間の雇用契約を結んで、翌77年に来日した。工部大学校造家学の教師となり、最初の教え子として辰野金吾や片山東熊らを輩出した。建築教育に従事する傍ら、上野博物館、鹿鳴館、東京大学文科校舎など、本格的な西洋建築を相次いで設計した。

東京国立博物館
上野公園 東京国立博物館(撮影 2013.5.8)

 明治14年(1881)寛永寺本坊跡に、ジョサイア・コンドルの設計によるレンガ造2階建(当時の日本最大のレンガ造建物)の上野博物館が完成し、ここに移された。

ニコライ堂
ニコライ堂(撮影 2012.11.14)

 正しくは日本ハリストス正教会復活大聖堂といい、文久元年(1861)、函館のロシア領事館司祭として来日した、ギリシア正教会大主教イヴァーン・ドミートリエヴィチ・カサートキン(修道名=ニコライ)が、明治17年(1884)に駿河台火消屋敷跡に建設を始め、明治24年(1891)に完成させた。ロシア人シシチュールポフの設計で、日本における西洋建築の草分けといわれるイギリス人ジョサイア・コンドルの工事監督になるものであったが、関東大震災で被災し、昭和4年(1929)に修復された。

旧岩崎家住宅
旧岩崎家住宅 洋館(撮影 2017.1.13)

 ジョサイア・コンドルの設計により、明治29年(1896)に完成した。完成当時の岩崎邸は、15,000坪の敷地に20棟以上の建物があった。現存する3棟のうちの1棟が、木造2階建・地下室付きの洋館で、本格的な洋風建築。明治期の上層階級の邸宅を代表する西洋木造建築である。17世紀の英国ジャコビアン様式を基調に、ルネサンスやイスラム風のモティーフなどが採りいれられている。

綱町三井倶楽部
綱町三井倶楽部(撮影 20176.12.18)

 三井不動産株式会社管理の三井系諸会社の集会場である。大名華族三家の屋敷を大正元年(1912)に三井合名会社が入手、明治の主要洋風建築のほとんどを手がけたいわゆる御雇外人の工部大学校道家学科教授ジョサイア・コンドルが設計して大正2年(1913)12月に竣工したさまざまの榛式をこなしたコンドルの作品のなかでも、これはとくに優美な曲線を用い装飾性も多くバロック風の大胆自由を設計を試みていると評され、東京に残る見事な洋風建築のひとつである。

ジョサイア・コンドル博士像
旧古河庭園 本館(撮影 2011.4.1)

 北区滝野川会館の向かい側に、旧古河庭園(国名勝)がある。文化(1804~18)の少し前、このあたりに植木屋仁兵衛の「西ヶ原牡丹屋敷」があったが、文化のはじめごろ廃絶し、明治になって陸奥宗光邸地となり、その子潤吉が鉱山王・古河市兵衛の養嗣子となったことから古河家の所有となった。英国の建築家ジョサイア・コンドル博士の設計である。

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