浅草神社~駒形橋~旧安田庭園~東京都慰霊堂
(鴬谷~両国)

鴬谷駅(JR山手線)~浅草神社~駒形橋~東京都慰霊堂~旧安田庭園~両国駅(JR総武本線)
mark浅草神社(あさくさじんじゃ)
浅草神社
浅草神社
神楽殿
神楽殿

拝殿の霊獣(麒麟)
拝殿の霊獣(麒麟)
拝殿の霊獣(飛龍)
拝殿の霊獣(飛龍)

 麒麟は中国の古代思想における四神のひとつで、その姿は体は鹿、頭は狼、尾は牛、足は馬、そして角を持つ。虫も踏まず草を折ることもない仁獣で、優れた王(為政者)が出現したときに現れると言われている。狩野重信作である。
  飛龍は体が魚で翼をもつ動物。胴が短く尾びれがある。水を司る霊獣。その見慣れぬ体型から一番質問を受けることが多い霊獣である。狩野重信作である。

浅草神社 拝殿
浅草神社 拝殿

 浅草神社は、推古天皇36年(628)に隅田川で浅草観音の像(浅草寺の本尊)を得たと伝えられる檜前の浜成・武成兄弟と、その像を安置して浅草寺を創建したと伝えられる土師中知の三柱の神を祀る神社であるから、三社様と通称されている。鎌倉時代末期には祭礼が行われたという記録がある。

2014.5.17 浅草神社 三社祭(町内神輿連合渡御)
2014.5.17 浅草神社 三社祭(町内神輿連合渡御)
youtube

 毎年5月17・18両日の大祭は、江戸時代から三社祭と呼ばれ、特に第3日曜には、本社神輿の宮出し・宮入りがあり、氏子町内の百基余の神輿も集り、拝殿では柏板(びんざさら)舞という神事舞も行われ、非常に雑踏する。

2008.5.17 浅草神社 三社祭
2008.5.17 浅草神社 三社祭
youtube

2005.5.21 浅草神社 三社祭
2005.5.21 浅草神社 三社祭
youtube

mark駒形橋(こまがたばし)
駒形橋
駒形橋
隅田川沿いの桜
隅田川沿いの桜

 駒形の名は、吉原の太夫高尾が仙台藩主伊達綱宗に贈った「君はいま 駒形あたり 時鳥」の句で有名である。歌川(安藤)広重は『名所江戸百景』の中で、駒形堂の屋根の上を飛び過ぎるホトトギスを描いている。

2013.3.23 隅田公園桜まつり
2013.3.23 隅田公園桜まつり
youtube

 春になると花見客であふれる 隅田川沿いの桜は、江戸時代に植えられた「墨堤の桜」が始まり。墨堤は隅田川の東側、墨田区側の川岸一帯を指す。向島5丁目にある「墨堤植桜之碑」には、四代将軍徳川家綱が常州桜川の桜を植えさせたとある。

2016.7.30 隅田川花火大会(両国橋西岸)
2016.7.30 隅田川花火大会(両国橋西岸)
youtube

両国の花火
 享保16年(1731)、全国的な凶作や江戸での疫病流行で、全国には餓死するものが96万人に達し、その年さらにコレラが大流行して多くの死者がでた。幕府はその慰霊と悪疾退散のために両国橋付近で水神祭を催し、花火を余興にあげたのかはじめといわれている。現在、隅田川花火大会として上流で復活した。

mark東京都慰霊堂(とうきょうといれいどう)
東京都慰霊堂
東京都慰霊堂
東京都慰霊堂
東京都慰霊堂

 大正12年(1923)9月1日に関東大震災がおこると、罹災者は本所唯一のこの空き地に避難したが、猛火に囲まれ、焦熱地獄の中で3万8000人が焼死するという悲惨な出来事がおこった。震災後、東京市内各地の犠牲者をあわせた5万5000人の遺骨を安置するための5層の供養塔(高さ41m)と慰霊堂が建てられ、震災記念堂と名付けられた。昭和20年(1945)3月10日の東京大空襲では本所・深川地区は焦土と化し、震災を上回る犠牲者を出した。昭和26年(1951)震災記念堂を東京都慰霊堂と改称し、大平洋戦争での都内の犠牲者約10万5400人の遺骨もあわせて安置することとした。

mark旧安田庭園(やすだていえん)
心字池
心字池
ドウダンツツジ
ドウダンツツジ

 ドウダンツツジは、山地にまれに自生もあるが、花が愛らしく、紅葉が美しく、樹型もよいので庭木としてよく植えられる落葉低木。葉と同時に枝先に2~4個の白色、壼状の花を開く。

旧安田庭園
旧安田庭園

 この地は、元禄年間(1688~1704)に丹波(京都府)宮津藩主本庄因幡守宗資の下屋敷らなっていた所で、隅田川の潮水を取り入れた潮入り式回遊庭園は、規模は小さいが江戸名園の一つに数えられていた。明治以降、旧岡山藩主池田氏の邸宅を経て、一代で安田財閥を築いた安田善次郎(1838~1921)の所有となった。善次郎の死後、東京市に寄贈されたが、関東大震災で大きな被害をうけた。

⇒ 浅草周辺 ウォーキングマップ