ヤビツ峠から大山ハイキング
(ヤビツ峠~日向薬師)

週末ウォーキング / 神奈川散歩 / 湘南散歩

散歩コース

ヤビツ峠バス停(神奈中バス)~大山山頂~石雲寺~浄発願寺~日向薬師バス停(神奈中バス)

mark大山(おおやま)

 今日は小春日和の好天気に恵まれて、小田急秦野駅からヤビツ峠行のバスも臨時増発されていたが、いづれも満員でした。
 ヤビツ峠からのヤビツ山荘前を通りイタツミ尾根で登り始める。しばらくすると、富士山が見える様になり、写真を撮りながら頂上へ向った。前回の大山登山(大山阿夫利神社下社からの登り)に比べて、時間も短く随分と歩きやすいコースであった。

イタツミ尾根からの富士山
イタツミ尾根からの富士山
登山者
登山者

 頂上手前で阿夫利神社下社からの道に合流すると登山客も急に多くなり、ここから頂上までは約10分で着いた。頂上で登ってきた道を振り返す方向で美しい富士山の写真を写すことが出来た。

阿夫利神社 奥の院
阿夫利神社 奥の院
雨降木
雨降木

 宝暦年間(1751~1763)には、江戸をはじめとして、関東・東海・甲信越方面から町人や関八州農民が同業者の結合と発展を目的とした大山講をつくり、組織的な信仰登山が行われていた。

 阿夫利山、雨降山、あるいは大福山、如意山とも呼ばれ、雨をもたらし農耕をつかさどる霊山として知られていた。

大山山頂からの富士山
大山山頂からの富士山(景勝50選)

 富士山、箱根の山々から晴れた日には秩父や多摩の峰々が一望でき、南は相模湾が広がり、三浦半島や房総半島も視界に入ってくる。眼下には秦野盆地の家並みが、さながら箱庭のように整然としているのが眺められる。

 大山山頂で約30分の休憩を取り見晴台へ下る。山頂から下る人が多かったので途中すれ違い時に暫し待つこともあったが、それでも、頂上から見晴台までをコース時間(50分)通りに下ることが出来た。

見晴台
見晴台
九十九曲ハイキングコース
九十九曲ハイキングコース

 広い見晴台にあるベンチには、昼食や休憩をしている登山客で賑やか。風もなく、暖かい陽気なのでシャツ1枚でも大丈夫であった。ここは、真正面に大山を望むことができる格好の休憩所で、「見晴台」の名前がよく似合う場所です。
 雷ノ峰尾根を伊勢原青年の家へ向ってさらに下る。この辺りになると足の方も大分疲れを生じて、あまり楽しい歩きではなかった。

mark雨降山 石雲寺(うこうざん せきうんじ)

 「伊勢原青年の家」の所で平坦な林道に出ると、疲れていた足もほっとすることが出来た。キャンプ場横の橋を渡った場所に、浄発願寺奥の院が昔のままの姿で残っていた。

雨降山 石雲寺
雨降山 石雲寺
紅葉と竹林
紅葉と竹林

 雨降山石雲寺は寺伝によれば、今からおよそ1300年前の養老2年(718)、諸国を行脚していた華厳妙瑞という法師が、日向の地へやって来たといわれている。境内の紅葉は今が見頃、中でも道路側からよく見える所にある紅葉が一番綺麗であり、通りかかった車の人も一旦停車して見とれていた。

大友皇子之陵
大友皇子之陵
石造五層塔
石造五層塔

 石雲寺から少し下がった場所に、「大友皇子之陵」の石造五輪塔がひっそりと建っていた。

 大友皇子は天智天皇の皇子。太政大臣となり、大海人皇子(天武天皇)と対立。天智天皇・大友皇子を中心とする朝廷は近江朝廷と呼ばれる。壬心の乱で敗れて自害したと伝えられている。

mark浄発願寺(じょうほつがんじ)

 日向川をさらに下ると、浄発願寺本堂と立派な三重塔が目に入る。

浄発願寺
浄発願寺
奥の院(キャンプ場横)
奥の院(キャンプ場横)

 浄発願寺は、木食弾誓上人の開山、犯罪者の駆け込み寺である。昭和13年(1938)の山津波により現在の地に再建。元の場所はさらに10分ほど歩き、奥の院とされいる。浮世絵師歌川国経の供養塔や藤堂・徳川・佐竹など諸大名の供養碑もある。

白髯神社の紅葉
白髯神社の紅葉
日陰道
日陰道(古道50選)

 白髯神社は、渡来人高麗王若光(白髯明神)をまつったもので、日向の鎮守とされる。
 日陰道は初代将軍源頼朝日向薬師参詣の際、家臣達が通った道といわれる。日陰になるので”日かげ側”という意味でこの名がついたといわれる。
 日向薬師バス停前の白髯神社の紅葉を写し、伊勢原行のバスに乗込んだ。

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