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日蓮宗総本山久遠寺は、日蓮上人が配流地の佐渡(現、新潟県)から赦されて帰った文永11年(1274)5月に、信徒の波木井(南部)実長のすすめでその領地の身延山に入り、西谷に草庵を構えたのがその始まりである。
甘露門は、法華経に「能く甘露の門を開いて広く一切を度す」とも「大慈悲を以って広く甘露の門を開く」などとあり、この門を入って法華経の法益を得せしむるの意味で門に名づけたもの。
時鐘は、梵鐘は四国松山城主久松家の祖定頼の正室養仙院殿の寄進で、延宝8年(1680)に鋳造され、31世日脱上人の鐘銘がある。
仏殿は、昭和6年(1931)竣工したこのお堂は、日蓮上人第650遠忌を記念して91世日布上人のとき全国寺院壇信徒の丹精にて出来たもの。全国信徒の御納骨・御納牌・追善法要が毎日ここで行われている。
祖師堂は「墓をば身延山に立てさせ給え。未来際までも心は身延山に住むべく侯」との遺言を残した日蓮上人の御霊を祀る建物。現在のお堂は、江戸にあった寺のお堂を明治14年(1881)に移築し、再建したもの。お堂には日蓮の両親と、日蓮の後継者である六老僧(日昭・日朗・日興・日向・日頂・日持)も祀られている。
明治8年(1875)の大火以来、本堂の再建は身延山の悲願でした。機熟し、日蓮上人第700遠忌の主要事業として、88世日慈上人代に着手、89世日康上人代を経て、90世日勇上人によって昭和60年5月入仏落慶式が行われた。
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