北野天満宮は、平安時代前期の学者であり政治家でもあった菅原道真を祀った神社である。
楼門の内側には元禄13年(1700)に建てられた絵馬所があり、多くの絵馬と三十六歌仙額が揚げらている。
楼門と拝殿の間に建つ中門は三光門と呼ばれ、壮麗な造りと上部に掲げられた後西天皇御宸筆の「天満宮」の勅額がある。四脚門で入母屋造・檜皮葺きである。
「道真は33歳で文章博士に任じられた後、宇多天皇に重用されて右大臣にまで昇ったものの、左大臣藤原時平の讒言により大宰権師に左遷、延喜3年(903)に大宰府で亡くなった。没後、朝廷に崇りをなしたと恐れられ、天暦元年(947)に北野右近の馬場に北野天満宮天神として祀られ、御霊神の1つとして崇敬されるようになった。」(※)
本殿は桁行5間・梁間4間、1重の入母屋造・檜皮葺きの建物で、慶長12年(1602)に豊臣秀頼により造営されたものである。
東門は四脚門で切妻造・銅板葺きである。
境内には60社を数える多くの摂社や末社があるが、地主社は最も古い社である。
大欅は樹齢およそ600年。豊臣秀吉がここに御土居を築いた当時の古木「東風」である。
紙屋川(天神川)に沿って約350本のもみじが続く。
境内地の西側には、天正19年(1591)秀吉が京都の整備事業の一環で築いた史跡「御土居」が残存しており、秋には紅葉の美しい景勝の地になっている。
毎年、10月下旬から12月上旬にかけて、もみじ苑が公開されている。