観光コース
川越駅(東武東上線)~喜多院~仙波東照宮~蔵造りの町並み~川越駅(東武東上線)「天海(慈眼大師)は、徳川家康の信任を得ると、無量寿寺北院は幕府の全面支援をうけ急発展した。慶長17(1612)に家康から「東叡山喜多院」の名をうけ、慶長18年(1613)には関東天台宗580余寺の本山とされた。」(※)
寛永15年(1638)の大火で、山門以外は焼失した山門は四脚門で、屋根は切妻造本瓦葺き、欄間の表に竜と虎、裏に唐獅子の彫刻がある。山門横に門番人の詰所で、江戸末期に建築された切妻造の番所がある。
本瓦葺き入母屋造で、銅鐘(「元禄十五(1702)年」銘)もある。 1階は袴腰とよばれる囲いがつき、2階には竜(前面)と鷹(背面)の彫刻がほどこされている。正保年間(1644-48)の再建とされる。
多宝塔は三間多宝塔で、下層は方形、上層は円形、屋根のうえに相輪を配している。現在は、内部に阿弥陀如来を祀っている。
慈眼堂(木造逗子)は本瓦葺き宝形造で、禅宗様式に和様をおり込んでいる。107歳で亡くなった天海の没後2年目の正保2年(1645)、三代将軍徳川家光の命で建立された。堂内に、厨子(本瓦形板葺き向唐破風造)にはいった木造天海僧正坐像がおさめられている。
慈恵大師良源と慈眼大師天海をまつる堂で、現在は喜多院本堂(大師堂)である。鋼板葺き入母屋遠で、寛永15年(1638)の大火後に再建された。延暦寺本中堂、日光輪王寺三仏堂などと同一形式である。
寺務所は客殿・書院内拝観入口で、庫裏は栃葺き形鋼板葺きで入母屋造と寄棟造からなる。
客殿は柿葺き入母屋造で、眼前に「紅葉山庭園」が広がり、三代将軍徳川家光手植えの枝垂れ桜がある。
書院は柿葺き寄棟造で、8畳間の1つは春日局の「化粧の間」で、眼前に枯山水「曲水庭」が広がる。
百羅漢は、釈迦入滅後に乱れた仏法を正すため、インドに集い、仏典の編纂にあたった500人の阿羅漢をモチーフにしている。「羅漢」とは阿羅漢の略で、修行を積んで悟りに達しで釈迦の近くに仕える僧侶の称号である。
喜多院の五百羅漢は、中央に釈迦三尊(中央に釈迦如来、左に騎獅の文殊菩薩、右に乗象の普賢菩薩)、釈迦三尊に向かって左に阿弥陀如来、右に地蔵菩薩がおかれている。
五百羅漢は、川越北田島の志誠の発願により天明2年(1782)より文政8年(1825)の約50年間にわたり建立されたものである。
喜多院の奉納菊展として、昭和58年(1983年)にスタートした恒例の川越菊まつりは、特設会場内に400点を超す作品が展示される。
仙波東照宮は、元和3年(1617)、遺言どおり徳川家康の遺骸は久能山(静岡県)から日光へ移されることになり、途中3月23~26日に天海によって喜多院で法要が営まれた。この緑で寛永10年(1633)に、喜多院境内に東照宮が建てられた。 1638年の大火で焼失し、現在ある建物は1640年にできた。
随身門は八脚門の栃葺き形鋼板葺き切妻進で、「寛永十七年」銘の標札がある。
石鳥居は造営奉行堀田正盛が奉献し、左柱に「寛永十五(1638)年」銘がある。
本殿は銅瓦葺きの三間社流造、宮殿は板葺きの円形厨子、唐門は銅板葺きの平唐門、拝殿は銅瓦葺きの入母屋造、幣殿は前面が拝殿に接続した銅瓦葺き、後面は入母屋道である。本殿内部には馬上に鎧姿の木像家康像を祀っている。
仲町交差点から北に向かって札の辻交差点までの通りが、通称「蔵造りの町並み」とよばれる。地域住民の保存運動が高まり、平成11年(1999)12月1日に国重要伝統的建造物群保存地区に指定された。
「亀屋」山崎家は、 天明3年(1783)創業の川越藩御用達の老講菓子商で、現在の店蔵は大火後の1893年に建築され、火災の類焼から母屋をまもる袖蔵をあわせもつものとしでは、唯一現存するものである。
時の鐘(高さ16.2m、奈良の大仏と同じ)は、川越藩二代藩主酒井忠勝のころ(1627-34)につくられが大火で焼失し、藩主松平信綱のときの承応2年(1653)に再建された。その後藩主となった秋元喬知は宝永元年(1704)に甲州の鋳物師がつくった銅鐘をここに移した。
菓子屋横丁は、江戸時代の末期から明治の初めごろに、江戸っ子好みの気取らない菓子を製造したのが始まりといわれている。関東大震災で大きな被害を受けた東京に代わって全国への製造・供給を賄い、昭和初期には、約70軒を連ねていた。
"小江戸川越"を象徴する「川越祭りは、川越の総鎮守・氷川神社の祭礼行事に由来する。慶安年間(1648-52)に当時の川越藩主松平信綱が神輿と獅子頭、太鼓などを奉納したのをきっかけに祭りがはじめられたといわれでいる。
猩々の山車は、川越市に本店を置く丸広百貨店が平成2年(1990)に制作したもので二重鉾、四つ車、唐破風付きの囃子台を持つ山車である。
八幡太郎の山車は、二重鉾、四つ車、廻り舞台、唐破風付きの囃子台を持ち、平成2年(1990)に1億円をすけて完成した。人形は、野田神社に合祀されている八幡太郎義家である。
建設中の山車は、川越市が平成14年(2002)に市内今福の宇津木百氏から寄付を受けた建造途中の山車である。
八幡太郎義家の人形は、平成2年(1990)から平成19年(2007)まで実際に山車の上に載っていた。
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