上野東照宮・ぼたん園散歩
(上野)

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mark上野東照宮(うえのとうしょうぐう)
石造明神鳥居
石造明神鳥居(国重要文化財)
石燈籠
石燈籠

 石造明神鳥居は、寛永10年(1633)上州(群馬県)前橋藩主酒井忠世の寄進、石材には備前の御影石が使用されている。

参道
参道

狛犬(吽形)
狛犬(吽形)
狛犬(阿形)
狛犬(阿形)

 狛犬は三大石工の一人とされた「井亀泉」酒井八右衛門の作で、筋骨隆々の力強さが特徴である。台座の字は隷書を得意とした書家、中根半湖の書である。

上野東照宮
2014.1.5 上野東照宮(保存修復工事完成)
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 東照宮は徳川家康を祀る神社で、幕府直営の宮として、江戸城紅葉山・久能山・日光・ 上野の4宮があった。いずれも本殿と拝殿を別棟の石の間で連結する権現造の社殿建築であった。慶応2年(1866)に勅使門・回廊が焼けたが、 唐門・透塀・ 拝殿(国重要文化財)・ 本殿は三代将軍徳川家光の造営した当時のものである。

銅灯籠(唐門両側6基)
銅灯籠(唐門両側6基)(国重要文化財)
透塀
透塀(国重要文化財)

 銅燈籠は、東照宮社殿唐門前と参道に、五十基の銅燈籠が並んでいる。燈籠は神事・法会を執行するときの浄火を目的とするもの。照明用具ではない。浄火は神事・仏事に使う清めた火。燈籠は上部から、宝珠・笠・火袋・中台・竿・基壇で構成されている。火袋は、八角・六角・四角などの形式に分かれ、各面には火口・円窓という窓を設けている。火袋下部の長い部分を竿といい、ここに銘文を刻むことが多い。唐門両側6基の銅灯籠は、水戸・紀州・尾張の徳川御三家がそれぞれ2基ずつ寄進したものである。
 透塀は格子の向こうが見えることからこの名がある。上下にある彫刻は、上欄には野山の動物・植物、下欄には川や海の野山の動物・植物が生き生きと表現されている。

 唐門は慶安4年(1651)建築された。総金箔の門で、両側上部にある松竹梅と錦鶏鳥の透彫は、精巧で美しく、室町・桃山の技術を集大成したもとのして評価されている。

降り龍(左側)
降り龍(左側)
昇り龍(右側)
昇り龍(右側)

 柱の内外4額面には、日光東照宮眠り猫で有名な、左甚五郎作の昇り龍・降り龍があり、夜ごとに不忍池の水を飲みに行くという伝説がある。頭を垂れているほうが昇り龍と呼ばれているのは、偉大な人ほど頭を垂れるという諺に由来しているといわれいる。

松竹梅と錦鶏鳥(北側)
松竹梅と錦鶏鳥(北側)
松竹梅と錦鶏鳥(南側)
松竹梅と錦鶏鳥(南側)

お化け燈籠
お化け燈籠
銅燈籠
銅燈籠

 お化け燈籠は寛永8年(1631)当時、 上野東照宮は創建して間もなく、社頭には、現在の 大鳥居・ 銅燈籠・ 石燈籠などは、まだわずかしか奉納されていなかった。佐久間大膳亮勝之は他にさきがけ、この燈籠を寄進したのである。勝之は、織田信長の武将佐久間盛次の四男。母は猛将柴田勝家の姉という。織田信長・北条氏政豊臣秀吉、のち徳川家康に仕え、信濃国川中島ほかで一万八千石を領した。燈籠の大きさは、高さ6.06m、笠石の周囲3.63mと巨大で、その大きさゆえに「 お化け燈籠」と呼ぶ。同じ勝之の寄進した京都南禅寺・名古屋熱田神宮の大燈籠とともに、日本三大燈籠に数えられる。

拝殿
拝殿(国重要文化財)

透塀の彫刻
2014.1.5 上野東照宮 透塀の彫刻(野山の動物・植物)
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ぼたん苑
ぼたん苑
連鶴
連鶴

春牡丹
春牡丹
島錦
島錦

 春のぼたん
 初夏の訪れを告げるぼたん、しゃくやくが咲き誇る。苑内では、日本のぼたん約200品種・3000本と、中国のぼたん約50品種・200本を楽しむことができる。
 冬のぼたん
 古来よりその美しさと希少さから、新春の貴重な花として観賞されてきた冬のぼたん。雪よけのワラ囲いの中で寒さに耐えながら咲く可憐な花々は私達の心を和まてせくれる。約40種、600本のぼたんが公開されている。

八千代
八千代

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