練馬界隈 歴史散歩
(練馬~東武練馬)

練馬駅(西武池袋線)~広徳寺~氷川神社(大氷川)~下練馬宿~東武練馬駅(東武東上線)
mark広徳寺(こうとくじ)
総門
総門
総門から山門へ
総門から山門へ

山門
山門
庫裏
庫裏

 広徳寺は北条氏政の子、岩槻主太田氏房が、箱根湯本の早雲寺の子院として小田原に創建した。北条氏滅亡後、徳川家康は二世希叟和尚を江戸神田に招き再興させた。

庭園
庭園

 庫裏と本堂の間に美しい庭園が見られる。

本堂
本堂
大書院
大書院

 広徳寺は寛永12年(1635)に下谷へ移り、加賀前田家をはじめ諸大名を檀家する江戸屈指の大寺院となった。大正12年(1923)の関東大震災の後、この地へ別院が建てられ、墓地が移転した。昭和46年(1971)には本坊も移転してきた。

鐘楼
鐘楼
勅使門
勅使門

 奥の墓地には、剣法の柳生宗矩父子の墓をはじめ、近世大名二十余家の巨大な墓石が林立している。

柳生家墓所
柳生家墓所

 大和柳生藩初代藩主柳生宗矩(右から1番目)は、51歳で徳川家光の剣術の師範となった。柳生三厳(右から2番目)は、剣豪・旗本で十兵衞の名で知られている。父宗矩に命ぜられて家光に稽古をつけるのが常であった。2年後、家光が三代将軍となってからも、新将軍の格好の稽古相手となった。右から3番目は、宗矩の三男の三代藩主柳生宗冬である。

大聖寺新田藩前田家墓所
大聖寺新田藩前田家墓所
小堀家墓所
小堀家墓所

 大聖寺新田藩主前田利昌は、江戸時代中期の大名である。
 徳川家光の茶道師範の小堀遠州は、本名は政一。備中松山藩二代藩主(のち近江小室藩初代藩主)であり、茶人、建築家、作庭家でもある。茶人・古田織部を師にもち、遠州流を開いた。駿河城修復や大坂城内の茶室などの普請にたずさわり名をあげた。

織田家墓所
織田家墓所
織田家墓所
織田家墓所

 織田信雄は、 織田信長の次男で伊勢国司北畠具教の養子となる。本能寺の変後は織田姓に戻る。小田原の戦い後に家康の旧領への移封を拒み、豊臣秀吉の怒りを買い剃髪した。宇陀松山藩初代藩主となる。織田高長は、織田信雄の息子で二代藩主である。子孫は宇陀松山藩主として明治に至っている。織田信包は、織田信長の弟で柏原藩初代藩主である。

会津松平家墓所
会津松平家墓所
会津松平家墓所
会津松平家墓所

近衛家墓所
近衛家墓所
小出家墓所
小出家墓所

立花宗茂の墓碑
立花宗茂の墓碑
竹林
竹林

 文禄・慶長の役で活躍した柳河藩初代藩主立花宗茂の墓石は立派である。

mark氷川神社(大氷川)(ひかわじんじゃ)
お浜井戸
お浜井戸(桜台6丁目)
石神井川沿い桜並木(桜台)
石神井川沿い桜並木(桜台)

 氷川神社は旧下練馬村の鎮守で、社伝によれば、創建は長禄元年(1457)に渋川義鏡が古河公方の足利成氏との闘いの途上、石神井川の近くでこんこんと湧き出る泉(お浜井戸)を見つけ、兵を休めて須佐之男尊を祀り武運長久を祈ったことに始まる。

狛犬(吽形像)
狛犬(吽形像)
狛犬(阿形像)
狛犬(阿形像)

 天明7年(1787)の立派な狛犬がある。

拝殿
拝殿

 江戸時代の延享年間(1744-48)に現在地に鎮座したと伝えられる。この故事により、今では三年に一度、かっては毎年4月の春祭りには、神輿がお浜井戸まで神幸渡御するお里帰りの行事がある。お浜井戸へ着くと、祭典執行後、獅子舞・鶴の舞が奉納され、神社へ帰った後、拝殿で田遊びの行事が奉納された。いずれも豊作祈願の農村伝承である。

稲荷社
稲荷社
北野社
北野社

 境内には稲荷・北野・須賀・出雲社がある。

mark下練馬宿(しもねりましゅく)
大山道の道標
大山道の道標
不動明王坐像
不動明王坐像

 旧川越街道と大山街道との分岐点に、下練馬村の名主内田久右衛門らによって立てられた、石の大山道の道標がある。角柱に「従是大山道」と記し、上部に不動明王坐像の丸彫りを設置している。大山道は別名をふじ大山道・富士街道・行者街道とも呼ばれている。「左東高野山道」と刻まれた角柱は、高野三丁目の長命寺への道しるべである。この二つの道標は、環状八号線の工事により元の位置から8mほど西側に移動し、現在の場所に設置された。

旧川越街道(北一商店街)
旧川越街道(北一商店街)
浅間神社
浅間神社

 川越街道は、後北条氏時代、小田原-江戸-川越を結ぶ幹線道路であった。北一商店街にあった下練馬宿は、中山道板橋宿から二つ目の宿場で、日本橋より3里、大根の名産地であった。近世、この街道を利用した大名は、川越藩主だけだったので、下練馬宿は 庶民相手の休み茶屋のある程度の宿場であったという。

下練馬の富士塚
下練馬の富士塚
猿像
猿像

 浅間神社境内には富士講の記念碑がたくさんある。昭和2年(1927)6月1日止宿中とあるものに、氏子総出場600人・諸職人150人と刻まれているのをみると、相当大きな富士講と思われる。

北町観音堂(石観音堂)
北町観音堂(石観音堂)
北町聖観音座像
北町聖観音座像

 ここには、天和2年(1682)銘の「北町聖観音座像」をはじめ馬頭観音や庚申塔など数多くの石造物がある。

北町の仁王像(吽形像)
北町の仁王像(吽形像)
北町の仁王像(阿形像)
北町の仁王像(阿形像)

 重厚な造りの像で、聖観音座像建立の翌年に建てられたものである。

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