旧東海道を歩く(遍照寺~保土ヶ谷宿)
(天王町~星川)

天王町駅(相鉄本線)~旧帷子橋跡~神明社~大蓮寺~遍照寺~旧東海道~保土ヶ谷宿~外川神社~星川駅(相鉄本線)
mark旧帷子橋跡(きゅうかたびらばしあと)
旧帷子橋跡
旧帷子橋跡
旧帷子橋跡
旧帷子橋跡

 江戸時代、東海道が帷子川を渡る地点に架けられていた帷子橋は、絵画に描かれたり、歌や俳句に詠まれるなど、保土ヶ谷宿を代表する風景として知られていた。中でも初代広重の「東海道五十三次之内保土ヶ谷」は特に有名である。昭和39年(1964)7月に、帷子川の流れがそれまでの相鉄線天王町駅南側から北側に付け替えられたのに伴い、帷子橋の位置も変わりました。かっての帷子橋の跡地は、現在の天王町駅前公園の一部にあたる。

mark神明社(しんめいしゃ)
鳥居
鳥居
注連柱
注連柱

 神明社は、平安時代中頃(970年)の創建と伝えられ、横浜市内では最も由緒の深い神社の一つとされている。鎌倉時代の始め、神様のお告げがあって現在の地に遷った時、伊勢神宮になぞらえて、天照大御神をまつる御本社のほか、豊受大神宮や境内神社がまつられた。

拝殿
拝殿

 平成10年(1998)、鎮座1030年祭・当地遷座770年祭・伊勢神宮鎮座2000年祭を記念して「平成の大造営」が行われ、380年ぶりに本社・摂末社・神楽殿等総ての境内建物12棟が一新された。社殿建築様式は、本殿・拝殿とも神明造りである。

神楽殿
神楽殿
人形流し
人形流し

 人形は「ひとがた」と読む。人形流しは、知らず知らずの内に犯した罪や、積り積もった心身のけがれを取り除くための儀式である。

境内社
境内社
境内社
境内社

 境内には、稲荷社、厳島社、天満宮、鹿島社などの境内社がある。

mark大蓮寺(だいれんじ)
保土ヶ谷宿碑
保土ヶ谷宿碑
山門
山門

 保土ヶ谷宿は保土ヶ谷・岩間・神戸・帷子の4つの町からなる宿場町で、江戸日本橋から約32kmのところにある。

本堂
本堂
柘榴の木
柘榴の木

 大蓮寺は日蓮宗のお寺で妙栄山大蓮寺という。慶長13年(1608)に、日円が日蓮聖人の泊まった家を法華堂に改修したのが寺の始まりである。
 本堂手前に徳川家康の側室養珠院(お万の方)のお手植えといわれる柘榴(ざくろ)の木がある。

mark遍照寺(へんしょうじ)
本堂
本堂

 高野山真言宗の遍照寺は、医王山延壽院と号し、貞観18年(876年)に眞雅僧正が開創した。東国八十八ヵ所霊場27番になっている。

弘法大師像
弘法大師像
イヌマキ(名木古木指定)
イヌマキ(名木古木指定)

 境内には、横浜市指定の名木古木指定のイヌマキ、イチョウがある。

mark旧東海道(きゅうとうかいどう)
歴史の道「助郷会所跡」
歴史の道「助郷会所跡」
歴史の道「高札場跡」
歴史の道「高札場跡」

 助郷会所跡は、助郷村々の人馬を手配するため設けられたのが助郷会所である。
 高札場跡は、隣の宿場までの荷物の運搬料金や旅篭屋の木賃(宿泊料)等を細かく記載した高札も掲出された。

金沢横町道標四基
金沢横町道標四基

 この地は、旧東海道の東側で、金沢・浦賀往還(金沢道)への出入口にあたり、通称「金沢横町」と呼ばれた。金沢・浦賀往還には、円海山、杉田、富岡などの信仰や観光の地が枝道にあるため、道標として四基が建立され、現在残っている。

mark保土ヶ谷宿(ほどがやしゅく)
本陣跡
本陣跡
本陣跡之碑
本陣跡之碑

 本陣は代々苅部家がつとめ、問屋・名主もかねていた。苅部家は家伝によると後北条氏の家臣、苅部豊前守康則の子孫という。本陣の大名宿泊代は決まった額はなく心づけであった。

旅篭屋跡
旅篭屋跡
旅篭屋跡
旅篭屋跡

 旅篭屋は、天保年間の本金子屋(伝左衛門)である。

mark外川神社(とがわじんじゃ)
歴史の道「一里塚・上方見附跡」
歴史の道「一里塚・上方見附跡」
松並木
松並木

 一里塚は、江戸から8番目のものである。京都(上方)側の出入口となる上方見附は、外川神社の前にあったとされる。見附は、土盛をした土塁の上に竹木で矢来を組んだ構造をしており、「土居」とも呼ばれた。
 保土ヶ谷宿の松並木は、この付近から境木まで3kmあまり続き、広重や北斎などの浮世絵にも度々描かれた。

外川神社
外川神社
稲荷社
稲荷社

 保土ヶ谷宿内の羽州湯殿山の講中の先達であった清宮興一が、湯殿・月山・羽黒の三山の霊場を参拝し、明治2年(1869)この地に羽黒山麓の外川仙人大権現の分霊を勧請したもので、以来、小児の虫封じ、航海安全に利益があるとされている。

map 天王町周辺 ウォーキングマップ

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